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を購入。「ほー、最近の若者はこういう視点から政治について考えてるんじゃのう」と、感心しながら読んでいる。って、僕も所謂最近の若者の筈なのだけれど、正直STUDIO VOICEなんて買ったのはこれが初めてだし、「政治を考える」以外のところは読む気がしない。というか、「政治を考える」の序文にしても、
システムと生をつなぐのは、
モードでありコードだ。
そして、インプロヴィゼーションとは、
生の運用にほかならない。
というように、「これ明らかに日本語じゃないよね!?」と怒鳴りたくなる文をぶちかまされ、破り捨てようとしてしまう右手を、何とか左手で抑えている所存です(*1)。そして、何とかこういう文の形態に慣れようと、自分でもこういうサブカルでモードの先端をチョイスしちゃうようなヴァイブス溢れるレトリックをコントラクトしているミーであるわけです。(*2)
ちなみに、P.62-63のチャートは、戦後民主主義っこ(もやしっ子)だった。僕的にはたしかな野党が良かったんだが、やっぱりクラスとセックス・ピストルズと言われると学級は大嫌いだし。……所で、クラスってそういう意味だよね?
で、それはともかくとして、気になったのが「憲法9条」問題。まー、こんなもの若者の貧困とかと比べたら全然大した問題ではないというのは、それこそ赤木智弘氏とかが口を酸っぱくして言っていることで、この特集でも小熊英二氏と雨宮処凛氏の対談で「憲法9条問題と貧困問題を一緒くたに扱うようなサヨクのワンセット取引はよくない」というようなことが言われたりしてるんだけど、でもやっぱり自分の国が人を殺す国になるかどうかっていうのは、ホンマモンの貧困を知らないもやしっ子である僕なんかは凄い重要な問題だと思うので、取り上げることにする。
で、憲法9条について、この特集では田中康夫と大澤真幸(*3)が憲法9条問題について語っていて、田中康夫はP.28の宮台真司(*4)で
田中 (略)憲法の九条も、一項と二項を堅持した上で、三項に、サンダーバード隊という国際救援隊を作るべきだと僕は主張しているんですよ。津波や地震を始めとする天変地異、あるいは戦禍や内乱に巻き込まれた地域に暮らす人々の救助活動や医療支援、住宅再建に真っ先に駆け付ける。富国強兵とは対極の「サンダーバード」としての日本を目指す。
と述べ、大澤氏もP.32のインタビューで
じゃあどうしたらいいか?これは数年前からの僕の空想的な持論で、一種の贈与のイメージなんだけど、要は国際貢献部隊みたいなものを作るわけですよ。具体的にはどこかで国際紛争が起きたり大きな災害があったときに、日本はそこに人員や物や、日本の部隊が直接物資を持っていく、という贈与をベースにした部隊を作ればいいんじゃないかと……
と書き、それに対しインタビュアーは
うわ、それ田中康夫さんの持論とほとんど同じですよ(笑)。
と答えています。
まぁ、といっても自衛隊と別に国際貢献をする部隊を作るというのは、上記の人に限らず、民主党・社民党なども唱えている(その部隊が武装部隊か非武装部隊かの違いはある)ことです。というか、むしろ日本は海外に人を派遣してはいけないなんていうのは、本当に極一部の教条主義的左翼に限られ、大部分の左派・リベラルは、国家が人を海外に派遣するということに関しては容認しているわけで、割とこのSTUDIO VOICEの特集はリベラル側に傾いていますので、上記のような主張がなされるのは、極当然なわけです。
しかし……そこで引き合いに出されるロールモデルが「サンダーバード」である限り、僕は、日本のマンガ・アニメに囲まれて育った一人のオタクとして、そのような構想を容認することは出来ません。はっきりいって、この2000年代に、1965年に作られた特撮のロールモデルが通用すると考える、その無自覚さが僕には許せません。
そりゃ、確かに日本がまだ貧しく、世界から助けられる存在であった1960年代において、人々を助ける存在としてのサンダーバードは確かに輝いていたかもしれません。ちょうど、焼け跡の子供たちにとって、チョコレートをくれる占領軍が絶対的な正義であったように。
でも、その後日本は高度経済成長を突き進むにすれて、正義と呼ばれるものが、実は必ずしも「正義」ではないということを知りました。人々を豊かにしてくれるはずの工業は水俣病などの恐ろしい公害を生み出し、にこやかに平和の尊さを訴える詩人は実は戦時中戦争を賛美していた(*5)ことが明らかにになったり。そして、人々を共産主義の圧制から解放する「正義」であったアメリカが、実はベトナムにおいて人々を虐殺し、生き残った人々も「戦略村」という所に閉じ込めていたということが明らかになり、「正義」というものの価値は、決定的に問い直されることとなったのです。
そしてそれはアニメ・マンガ・特撮においても同様です。詳しくは
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や
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などを見てほしいのですが、とにかく1970年代以降のマンガやアニメというものは、正義とは一体なんなのかということについてずっと考えてきました。「アンパンマン」の作者やなせたかしはこのように述べています。(*6)
http://www.froebel-kan.co.jp/anpanman/intro.html
子どもたちとおんなじに、ぼくもスーパーマンや仮面ものが大好きなのですが、いつもふしぎにおもうのは、大格闘しても着ているものが破れないし汚れない、だれのためにたたかっているのか、よくわからないということです。
ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そしてそのためにかならず自分も深く傷つくものです。(後略)
サンダーバードにおいては、飛行機はいくら飛ばしても燃費の心配などをする必要はありませんでした。何故なら、そのとき見ている日本は、サンダーバードに助けられる側だったからです。しかし、いざ自分が西側で二番目に豊かな国になると、それが虚妄であったことが明らかになります。飛行機を飛ばせばそれだけ大量の燃費が掛かるし、資産には税金が掛かる。すごい発明をするためには技術開発費がウン十億という単位で必要となるのです。例えどんなにお金を持っていたとしても、使う限りではいつか資産は底を突く。
しかしお金に関しては、取り返せるものですからまだ良いです。本当に恐ろしいのは、正義というのは、ときにその使い手の、「命」すら奪っていくものなのです。それをリアルに表したのが、パトレイバー2というアニメ映画です。
Wikipediaよりあらすじを引用します。
1999年東南アジア某国、PKO部隊として日本から派遣された陸自レイバー小隊がゲリラと接触、攻撃を受けながら後退していた。指揮車に乗車する柘植は発砲許可を求めるが、許可は降りず小隊は全滅してしまう。そして、ただ一人生き残り車外へ出た柘植の目に映ったのは・・・。
「方舟」の一件から3年後の2002年冬、かつての特車二課第2小隊の面々は隊長の後藤と山崎を除いて、それぞれ新しい職場に異動していた。遊馬と野明は八王子の篠原重工のレイバー開発部門に出向、太田はレイバー訓練所の教官に、進士は本庁の総務課長に栄転し、それぞれの日々を送っていた。彼らの愛機であったAV-98「イングラム」も最新鋭のAV-2「ヴァリアント」に交替して現役を退き、今は篠原重工でデータ収集用のテストベッドとして使用されている。一方で、第1小隊隊長の南雲しのぶは警部に昇進し、特車二課の課長代理も務めていた。
そんな中、横浜ベイブリッジに米軍機から一発のミサイルが放たれる。巧妙な歪曲工作によって自衛隊の関与が疑われ、更にハッキングによる自衛隊三沢基地所属機による幻の東京爆撃が演じられる。これに過剰反応した警察の露骨な自衛隊への対抗行動により、自衛隊の基地篭城という緊迫した事態に発展していった。在日米軍の圧力もあって事態の早急な収拾を図ろうとした政府は、遂に警察に事態悪化の責任を押し付け、自衛隊に東京への治安出動命令を下す。
これと相前後して、南雲と後藤の元に柘植という人物の捜索の協力を依頼する荒川と名乗る男が現れる。後藤は荒川の依頼は断るものの、独自に本庁の松井刑事に依頼して柘植の足取りを追い始める。そして、ある雪の朝、埋立地から飛び立った戦闘ヘリが都内の通信設備と橋を尽く破壊、さらに飛行船が妨害電波を流し、都内に展開した自衛隊は情報が途絶する中、孤立していった。柘植による東京を舞台にした「戦争」が現実のものとなった瞬間である。
その朝、後藤と南雲は急遽開催された警視庁警備部の幹部会議に召喚されていた。議題は今現の事態を警備部としてどう乗り切るかであったが、実態は南雲が神奈川県警交通機動隊レイバー隊に対し特車二課課長代理名をもって”独断”で出動要請を出したことへの吊し上げの場と化してしまった。南雲と警視庁上層部の対立が決定的となる中、特車二課壊滅を知った後藤は、この期に及んでもなお責任転嫁に汲々とする上層部を見限り、南雲と共に自らの手で事態を収拾する覚悟を決める。そして壊滅した特車二課に代わり、かつての第2小隊メンバーがAV-98「イングラム」と共に呼び集められる。
戦争という状況下におかれた東京を舞台に、この「情況」を演出したテロリストを逮捕するため、特車二課第2小隊最後の出撃が始まる。
そして、この映画における重大な登場人物である荒川と特車二課の隊長後藤は、次のような対話をします。
http://homepage1.nifty.com/~yu/p/p2.html
- 荒川
- 後藤さん。警察官として、自衛官として、俺達が守ろうとしているものってのは何なんだろうな
前の戦争から半世紀。俺もあんたも生まれてこの方、戦争なんてものは経験せずに生きてきた
平和
俺達が守るべき平和
だがこの国のこの街の平和とは一体何だ?
かつての総力戦とその敗北、米軍の占領政策、ついこの間まで続いていた核抑止による冷戦とその代理戦争。そして今も世界の大半で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争。そういった無数の戦争によって合成され支えられてきた、血塗れの経済的繁栄。それが俺達の平和の中身だ。戦争への恐怖に基づくなりふり構わぬ平和。正当な代価を余所の国の戦争で支払い、その事から目を逸らし続ける不正義の平和
- 後藤
- そんなきな臭い平和でも、それを守るのが俺達の仕事さ。不正義の平和だろうと、正義の戦争より余程ましだ
- 荒川
- あんたが正義の戦争を嫌うのはよく分かるよ。かつてそれを口にした連中にろくな奴はいなかったし、その口車に乗って酷い目にあった人間のリストで歴史の図書館は一杯だからな
だがあんたは知ってる筈だ。正義の戦争と不正義の平和の差はそう明瞭なものじゃない。平和という言葉が嘘吐き達の正義になってから、俺達は俺達の平和を信じることができずにいるんだ
戦争が平和を生むように、平和もまた戦争を生む。単に戦争でないというだけの消極的で空疎な平和は、いずれ実体としての戦争によって埋め合わされる。そう思ったことはないか
その成果だけはしっかりと受け取っておきながらモニターの向こうに戦争を押し込め、ここが戦線の単なる後方に過ぎないことを忘れる。いや、忘れた振りをし続ける。そんな欺瞞を続けていれば、いずれは大きな罰が下されると
- 後藤
- 罰? 誰が下すんだ。神様か
- 荒川
- この街では誰もが神様みたいなもんさ。いながらにしてその目で見、その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る。何一つしない神様だ。神がやらなきゃ人がやる。いずれ分かるさ。俺達が奴に追い付けなければな
そして最後の荒川と後藤の対話
- 後藤
- 荒川さん。あんたの話面白かったよ。欺瞞に満ちた平和と真実としての戦争。だがあんたの言う通りこの街の平和が偽物だとするなら、奴が作り出した戦争もまた偽物に過ぎない。この街はね、リアルな戦争には狭すぎる
- 荒川
- 戦争はいつだって非現実的なもんさ。戦争が現実的であったことなど、ただの一度もありゃしないよ
はっきり言います。僕は、この映画の内容を頭の中でどう処理すべきか、映画を見てからずっと考えているのですが、未だに分かりません。ただ一つ言えるのは、この映画は決して、「だから海外に派遣する自衛隊に交戦権を与えられるよう憲法改正すべきなんだ」という単純な主張をしているのではない。もちろん、その反対意見である「日本は国際貢献なんてしなくて良いんだ」という意見を述べるものでもないことは、荒川と後藤の対話から、明らかでしょう。
日本はずっとアメリカの傘の下、アジアから資源を収奪しながら、その地域でどんなことが起きているかは全く気にせず、経済を発展させてきました。それは、まさに血塗れの経済的繁栄と言って良いです。
しかし、では日本は憲法を改正して軍を持ち、他国の戦争に軍事介入すべきなのか。そして、柘植に発砲許可を出すべきなのか。しかしそれは正義であるかもしれませんが、まぎれもない戦争です。戦争とはつまり、人を殺し、自分も殺される危険におびえることです。
どちらが取るべき道なのか。それについて、映画は答えを出しません。しかし、確実に問いは提出しています。この国の取るべき、というか取れる進路は一体どこなのか。それは決して「サンダーバードを作って世界中の人々を助けよー」というような幼稚な水準の議論では解決できない、そんな問題なのです。
だから、もし憲法9条、国際貢献というものについて、持論を述べたいというのならば、その人は、まずパトレイバーを見て、映画の問いに、どのような答えを出すのか、示すべきだと、僕は考えます。
しかし、そう言いながら僕は、政治家や評論家にこの様な問いを答えることが出来るとは、あまり期待していません。彼らは所詮煽動家であり、「好かれる」話はしても、「誠実な」話はしないと考えるからです。
むしろ、僕はこのような問いについて真っ先に真摯に考えてきた。アニメに期待します。
http://www.gundam00.net/staffcast/index.html
西暦2307年。
化石燃料は枯渇したが、人類はそれに変わる新たなエネルギーを手に入れていた。3本の巨大な軌道エレベーターと、それに伴う大規模な太陽光発電システム。しかし、このシステムの恩恵を得られるのは、一部の大国とその同盟国だけだった。
3つの軌道エレベーターを所有する3つの超大国群。アメリカ合衆国を中心とした『ユニオン』。中国、ロシア、インドを中心とした『人類革新連盟』。ヨーロッパを中心とした『AEU』。各超大国家群は己の威信と繁栄のため、大いなるゼロサム・ゲームを続ける。そう、24世紀になっても、人類は未だ一つになりきれずにいたのだ……。
そんな終わりのない戦いの世界で、「武力による戦争の根絶」を掲げる私設武装組織が現れる。モビルスーツ「ガンダム」を所有する彼らの名は、ソレスタルビーイング。
ガンダムによる全戦争行為への武力介入がはじまる。
このストーリーが発表された時、ネットでは賛否両論が巻き起こりました。大部分の意見は「『武力による戦争の根絶』というものは自己矛盾だ!」という意見です。僕も、それは確かにそうだと思います。
しかし一方で、力なきものに誰も相手をしてくれないというのも、また世界の真実なわけです。国際情勢に限らず、僕たちの周りでも、能力のある者がより多くの望みを聞き入れられ、能力なきものには何も望みは叶えられません。いじめっ子はどんなに口で「やめなさい」と言ってもいじめを止めず、強制的に排除するしか対処法はない。それは、確かに暴力の一種ですが、しかしその暴力でなければいじめもストーカーも何もかも解決しないというのも、絶対的な真実なのです。
しかし、一方で暴力は連鎖を生みます。ちょっとした行き違いから始まったいざこざが、破滅的な闘争へ人々をひきずりこむ、そういう磁場が、暴力という力にはあるのです。つまり、暴力に頼る限り、暴力を根絶することはできない。にも関わらず、暴力がなければ、暴力は根絶できない。そんな矛盾が、「暴力」の根源的な源となっている。
問題は、その矛盾がいかなるものかを誠実に見つめることです。その点で、↓の水島氏のインタビューは、まさに「矛盾」を「矛盾」として捉えているという意味で、かなり期待できるものだと、僕は考えます。
http://randal.blog91.fc2.com/blog-entry-82.html
――ガンダムを操縦する主人公たちは、戦争を止めようと武力介入する第三勢力。この設定で描きたいことは?
ひとつは「武力で戦争を止める」という矛盾を行うと何が起こるのか、それをシミュレーションしてみようということ。そこで何が見えてくるのかが描きたいことのひとつ。同時に、キャラクターがガンダムに乗ることで、世の中に何が起き、彼らが何を思い、どう変わっていくのか、が物語の肝ですね。
というわけで、最後に土六オタク(*7)である僕が土六を宣伝して、この記事を終わります。
*1: 『右手の優越』w
*2: あ、サブカル系の人は本気で怒んないでね。僕サブカル大好き大好き。エヴァも終わりに近づけば近づくほど好きだし、エヴァの終わりのほうは立派なサブカルだって大田書店の人とかが言ってた気がする!
*3: 『虚構の時代の果て』再版してくれー
*4: 彼がドアップにされた写真が前面に出ていて、どうも人前でページを開きにくいんですけど。昔はともかく、今はもうオジサンなんだから、オジサンらしいきちんとした格好してほしいなぁ
*5: 『文学者の戦争責任』
*6: やなせたかし氏は、このような発想を戦時中・戦争直後の体験から得たと語っているが、それが開花できたのは、やはり68年革命と呼ばれる、世界的な運動の雰囲気があったからではないかと考える
*7: というより竹田菁滋プロデューサーの作品が好きなんだけど。だってこんな企画OKするなんてやっぱり凄いでしょ。今、アニメのプロデューサーの中で「消費者」ではなく「少年・少女」に向けて作品を伝えようとする、稀有な、唯一と言っても良いプロデューサーじゃないかなぁ。
この日へのコメント
武力による戦争の根絶』を研究するのにアニメもいいですがアメリカ外交史や国際政治理論を研究することもお勧めします。
アメリカはこの問題について20世紀を通して国家を挙げて取り組んできたといってよいでしょうし、
特に強調しておきたいのは核兵器の登場以後、先進国間の全面戦争が不可能になったことです。(台湾海峡は微妙なところですし、ロシアも今また不穏な情勢ですが)
我々が通常想像する第2次大戦のような戦争はもはや起こらず、ソ連崩壊以後、世界中の軍隊全てを併せてもアメリカ一国に敵わないといわれています。
つまり、『武力による戦争の根絶』は現在ほぼ達成されており、その矛盾は冷戦期には代理戦争、冷戦以後は地域紛争とテロという形で噴出しています。
仮に設定のような三すくみになった場合、もっともありうる事態はオーウェルの1984年でしょう。3国とも核兵器を保有している以上
戦争は世界の破滅を意味するので、3国とも対内的には戦争ムードを煽りつつ対外的には協力し合う形になるでしょう。
思考実験としては主人公達の属する組織が国家ではなく(恐らく企業のバックアップを受けた)私兵集団であることが
この作品のミソで、この場合主人公達は限りなくテロリストに近くなりますが。
また、個人の武力独占による平和達成を扱った作品としてはかわぐちかいじ「沈黙の艦隊」があります。
こちらの方は現実に存在する核兵器搭載型の潜水艦を題材にしたもので、ガンダムに比べて格段に現実的な設定です。
かなり長いですが一読をお勧めします。