何か今回の事件に便乗してネトラン批判をしようとしている人が居るらしい。まぁ確かにこんな事を言うハゲが社長の会社の出版物だからある程度の批判は許す。しかし「ネトラン編集者を逮捕せよ!」の様な批判は自らの首を絞める物であり、すべきではない!
確かにネトランに対して色々言いたいことはあるだろう、無くなって欲しいと思うことも山ほどあるだろう。しかしもしネトランに対し国家権力が介入して、発禁・廃刊などの処分になったら、それはネトランの敗北ではなく、言論の敗北なのだ。
考えても見て欲しい、確かにネトランはwinnyの使い方を紹介した、しかしもしそれが言論の自由を束縛するほどの事だというのなら他の色々なwinny紹介ページも、止められて良いことになってしまう。その様な事が起きる国に、本当に言論の自由があると言えるだろうか?
今すべきことは、ネトラン編集者の逮捕をすべきことではなく、ネトランを含めた全ての逮捕の恐怖に脅かされている人を救うために、47氏を釈放させるよう運動を起こすことなのだ。
関連記事:winny制作者逮捕について http://bulkfeeds.net/app/search2?q=%E3%83%8D%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3
これはあくまで「P2Pを愛する人」に向けられた文章です。コンテンツ・ビジネスに関わっている人やチャイルド・ポルノに怒る、P2Pが嫌いな人の為にはこれとは別に文章を書く予定ですので、そちらの方を見ることをお勧めします。
皆さんご存じのようにwinny制作者の47氏が逮捕されました、容疑は「著作権違反の幇助」らしいです。警察は「著作権法への挑発的態度」が逮捕理由だとしているそうです。
詳しい経緯はまとめサイトや他のブログを見て貰うことにして、このBLOGでは簡潔に「P2Pを(どんな理由にせよ)愛する物は何をすべきか」を考えてみたいと思います。
まず最初に言いたいのは、今回我々はこの闘い(第一回戦で次があるのか、それてもこれが最初で最後の戦いなのかはわからないですが)敗北をしたという事です。こう言うとあなたは「別に作者が逮捕されてもwinnyは存続するしねぇ(w」等と云うことを言うかもしれません。しかし問題は作者の身体の自由が奪われ、社会的に大変不名誉な状況にされたという事に留まらない(もちろんそれだってとてつもなく重要な問題だが)、それ以上のこと、つまり国家権力がwinnyを潰しにかかったということなのだ。つまり、例えテクノロジーがどんなに優れていたとしても、それを扱う人間が国家権力に庇護(束縛)されている以上、テクノロジーだけでは国家権力に勝つことは出来ない。国家権力に勝つためには、国家権力と闘う生身の人間がどうしても必要なのだ。
我々は確かに匿名のネット上ではwinnyを支える確固たる基盤を築けた、しかし現実社会(つまり実名社会)でそのようなwinny擁護の為の戦いをするものは、その利用者から考えれば余りに少なかった。その事はこれまでの、そして今回も起きている大マスコミのwinnyに対するネガティブな報道・京都府警などのwinnyその物が悪いかのような記者会見を見れば明らかなことなのである。
もう一度言おう、我々は明らかに負けた。国家に、大メディアに、自由を束縛しようとする意思に、負けたのである、まずはこの敗北を背負おう。背負って、背負って、その痛みを肌で感じよう。そうしなければまた同じ様な敗北がが繰り返されるだけなのだから、、、
そして敗北を背負ったら、怒りを持とう。嘲りではない、怒りである。警察への怒り、我々の自由を奪おうとする物に対する怒りを、持ちましょう。
彼らが目指している物は何か?あるBLOGにこんな事が書いてあった。
ま、正直「アナーキーな力」を一般人が保持できない状況はいやだから、自分では使わないにせよWinnyにはある種の期待をしてた。かなり残念だな。そう、winnyとはつまり「アナーキーな力」の象徴であったのだ。これは別に無政府主義的などという具体的な物ではない、たまたま今日レッシグ・ブログに載った『The Anarchist in the Library』FAQに載ってるような
情報システムをこじ開けようと全力を尽くし 、データと文化が地球上を自由に流れることを求めている力である。
過去2世紀でもっとも強い影響力を持っている。アナーキーと少数支配の激しい相互作用の最近の例は18世紀のフランスに見ることができる。一般に受け入れられているのは、啓蒙思想家たちが当時台頭しつつあったフランスの中産階級に自由と可能性を吹き込み、中産階級は抑圧された下層階級と連帯して王政を覆したという筋書きだ。
だがそれがすべてではない。実際にはゴシップや噂といった、干渉を受けず無責任なコミュニケーションの力が話の中心的役割を果たしていた。ゴシップや噂によって、フランス革命があれほど無惨な展開を辿った理由をより理解することができる。革命前の一般的なフランス市民はみな政府による監視を回避する術に長けており、それはほとんど必須といっていい日常的な習慣だった。かれらはパリで、また別の場所で公共の場に集まりゴシップを交換しあった。宮廷生活に関するあからさまな、おそらく真実でさえないストーリーだ。
この習慣は王権に対する忠誠を蝕み、革命のための豊かな土壌を広める助けとなった。フランスに争乱の機運が満ちる頃には、一般の人々は王冠へ敬意を払う素振りさえ止めて久しかった。ここから学べるのは、アナーキーなゴシップは大きな帰結を持つということだ。干渉も検閲もないという意味のピアツーピア・コミュニケーションはつねにわれわれと共にあった。